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津地方裁判所四日市支部 昭和57年(ワ)200号 判決

原告

蒔田良樹

外三五名

右訴訟代理人弁護士

伊藤公

被告

三重ホーロー株式会社

右代表者代表取締役

小篠静太

右訴訟代理人弁護士

杉浦酉太郎

楠田堯爾

右訴訟復代理人弁護士

建守徹

加藤知明

藤井成俊

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し、別紙原告別請求金額目録記載の各金員及びこれに対する昭和五六年五月二八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  被告

主文と同旨。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告らは、昭和五六年五月当時、金属加工メーカーである被告会社に勤務する従業員であつて、三重ホーロー労働組合(執行委員長蒔田良樹以下組合員数二八一名。以下「組合」という。)の組合員であつたものである。

2  組合は、昭和五六年三月二〇日被告に対して、「賃上げ及び諸要求に関する要求書」を提出して春闘に入つた。

組合は、被告会社との団体交渉決裂により、次のとおりストライキを実施した。

四月二三日、二四日、二五日

時間外労働拒否

四月二七日、二八日

四八時間ストライキ

四月二九日から五月六日まで

時間外労働拒否

五月七日から九日まで

七二時間ストライキ

五月一〇日 時間外労働拒否

五月一一日から一三日まで

七二時間ストライキ

右の闘争はいずれも整然と実施された。

3  組合は、五月一二日次の闘争を決定し、被告会社にその通告をした。

五月一四日から一七日まで

時間外労働拒否

五月一五日、一六日

時限ストライキ

五月一八日から二一日まで

九六時間ストライキ

4  被告会社は、五月一二日付書面をもつて組合に対し、「五月一六日午前零時から当分の間、本社事務所及び工場を閉鎖する。」旨の通告をなし、かつその入口を閉鎖してこれを実施した(以下「本件ロックアウト」という)。

5  組合は、五月一五日、三重県地方労働委員会に対し、「組合執行部全員と会社役員全員とによる誠実なる団体交渉をもつこと」についての斡旋申請をなし、五月一六日午前八時三〇分ころ、被告会社に対して同日午前九時以降に予定していた時限ストを解除(中止)する旨の通知をなし、更に同日午後六時四〇分ころ、五月一八日から二一日まで予定していたストライキを解除(中止)することを決定し、直ちに被告会社に通知した。

6  しかるに、被告会社は、五月一六日、一八日、一九日とロックアウトを継続し、ようやく五月二〇日午前零時からこれを解除した。

7  原告らの勤務は午前八時から午後四時五〇分までの間の八時間労働であるところ、原告らは、本件ロックアウトがなかつたか、もしくは組合の通告により解除されておれば、五月一六日は遅くとも午前九時から、一八日、一九日(一七日は日曜日であるから除く)においては午前八時から労務提供をなしていた。しかしながら、被告会社による違法なロックアウトの継続により、原告らは現実の労務には従事できなかつた。

8  しかるに、被告会社は原告らに対し、五月一六日、一八日、一九日の三日間につき五月分の賃金支払期日たる五月二七日に賃金をカットした。

しかしながら、本件ロックアウトは、被告会社が組合の争議行為に対抗して受動的にロックアウトに出ざるを得ないという必要性を全く欠くものであり、また、労使間の勢力均衡を回復するための対抗防衛手段としてロックアウトを実行すべき相当性を欠くものであるから、これが違法であることは明白である。

従つて、原告らは前記三日間につき賃金請求権を有し、被告会社はその支払義務を免れないものである。

9  よつて、原告らは被告に対し、五月一六日につき一日分のうち午前九時以降の賃金として基本給の一日分の八分の七に相当する金員、五月一八日、一九日の両日につき基本給の各一日分に相当する金員の合計額たる別紙原告別請求金額目録記載の各未払賃金及びこれに対する五月二八日から支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし6の事実は、組合の闘争が整然と実施されたとの点を除き、すべて認める。

2  同7の事実のうち、原告らの勤務が主張のごとく八時間労働であること、原告らが五月一六日、一八日、一九日の三日間労務に従事しなかつたことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  同8、9の事実のうち、被告が五月二七日原告らの賃金をカットして支払わなかつたこと、原告ら主張の未払賃金額が別紙原告別請求金額目録記載のとおりであることは認めるが、その余は争う。

三  被告の主張

1  被告が本件ロックアウトをなすに至つた経緯、事情

(一) 昭和五六年四月二三日、組合から被告会社に対して、「闘争宣言及びスト通告書」が提出され、組合は四月二七日、二八日の四八時間ストライキを実施した。これに際して、被告会社は組合に対し、右ストライキの期間中保安要員として三名の就労を求めたが、組合側は電気関係、ボイラー関係の二名を就労させたものの汚水処理関係の一名についてはこれを就労させなかつた。

五月七日から九日までの七二時間ストライキ、五月一一日から一三日までの七二時間ストライキの際にも、保安要員の就労関係は右と同様であつた。

(二) 組合は、五月九日のストライキより、会社工場正門前にピケを張つて、単に平和的説得の域を超える実力行使によつて、工場への入場を阻止する妨害行為に出た。五月一一日から一三日の七二時間ストライキの期間中、組合員のピケは暴力的様相を帯びるに至り、一二日午前七時四〇分ころ、会社の小篠静太社長及び角田真営業部長を集団でとり囲んで足蹴りにしたりする暴行をはたらき、その場に昏倒した小篠社長を更に多数で足蹴りにして、同社長に対し入院治療約一か月を要する重傷を与えた。

(三) 組合は、五月一二日、「ストライキ日程通告書」を被告会社に提出したが、その内容は、五月一五日午前九時〜一〇時、午前一一時〜午後零時、午後一時〜二時、午後三時五分〜四時五分の時限ストライキ、五月一六日午前八時〜九時、午前一〇時〜一一時、午後二時〜三時、午後四時〜四時五〇分の時限ストライキ、五月一八日から二一日まで九六時間全日ストライキであつた。

組合の一連の闘争により、被告会社の生産高は著しく低下し、正常な業務の遂行が困難になりつつある過程の中で、組合から右時限ストライキの通告がなされたのであるが、被告会社のような製造業においては、右のような時限ストライキをうたれることは、組合側に犠牲少なく、会社側に全日ストライキにも匹敵する打撃を与え得ることになる。

(四) そこで、被告会社は五月一二日午後五時三〇分ころ組合に対し、同月一六日午前零時からロックアウトを行う旨の通告をなした。この措置は、被告会社にとつて、五月一二日朝の暴行傷害事件に引き続いて通告された同月一四日以降のストライキに対応するために止むを得ないものであつた。

(五) 被告会社は組合から、五月一六日午前八時二五分ころ、同日の時限ストライキのみを解除する旨の通告を受け、また同日午後六時四五分ころ、同月一八日から二一日までの九六時間ストライキを解除する旨の通告を受けた。

しかし、これによつても、今後組合との団体交渉による平穏な話し合いの継続が確保されるというものではなく、実力行使による第二、第三の暴行傷害事件が発生しないとの確信が得られない不安が残された。

(六) 被告会社は五月一九日、翌二〇日午前零時を以つてロックアウトを解除することを決定し、一九日午後零時三五分ころ蒔田委員長らにこの旨を通告した。これは、組合が五月一八日地労委へ斡旋を申請し、その調整事項の中に「企業閉鎖解除について」が含まれていることを知り、被告会社としては、組合の言う「紳士的且平和的な早期解決」という言葉に一応の期待をかけて右解除を決定したものである。

2  本件ロックアウトの正当性について

(一) 右1記載のごとき組合の違法な労働争議により、会社の事業の円滑な運営が著しく阻害され、被告会社はそれにより著しく不利な圧力を受けるに至つたことは明らかである。そこで、被告会社は、右の事態に対処するため、当分の間事業所を閉鎖し、賃金の支払義務を免れることによつて当面の著しい損害の発生を防止する手段を講じざるを得ないこととなつたのであり、被告会社の講じた本件ロックアウトが衡平の見地からみて労働者側の争議行為に対する対抗防衛手段として相当性を有するものであることは、極めて明白である。

(二) 被告会社が五月一六日組合からスト解除通告を受けた後一九日までロックアウトを継続したことについては、右スト解除通告以降もなおストライキが繰り返される可能性が十分にあり、それにより労使間の勢力の均衡が再び破られる虞れが多分にあつたものであり、また、組合は小篠社長に対する暴行傷害事件について一貫してその非を認めず、スト解除後もいつまた再び従前と同様の暴行傷害行為をも辞さない闘争手段にでて、労使間の均衡を破るかも知れない具体的な危険が存在した。従つて、右の危険が真に解消されるまでは、被告会社としては本件ロックアウトを継続する現実の必要性が十分あつたのであり、衡平の見地からみて、右ロックアウトの継続が労働者側の争議行為に対する対抗防衛手段としてなお相当性を有していたことは、極めて明白である。

四  被告の主張に対する原告の反論

1  被告主張の保安業務は、組合が就労させた二名の組合員の労務によつて必要にして且つ十分に遂行できたものであつて、保安確保に何ら問題はなかつた。また、ストライキ時の保安要員には、会社の一方的判断に基づく指名に組合が盲目的、一方的に応諾する義務はない。

2  組合が実施したピケッティングは、平和的であつて何ら非難されるものではない。五月一二日朝の出来事を除いては何らのトラブルも発生していない。

五月一二日午前八時ころ、小篠社長が負傷したとすれば、それは組合員による暴行行為によるものではなく、同社長の自損行為又は管理者らの身体に当たつたことによる偶発的な事故である。被告会社又は小篠社長は右出来事を告発又は告訴しているが、捜査の結果、津地方検察庁はこれを不起訴処分(嫌疑なし又は証明なし)とした。

3  組合は、五月一六日早朝当日の時限ストライキを解除し、当日の地労委の現地調停に応じた。また、組合は被告会社に対して一六日夕方、一八日以降のストライキ解除の通告をなしたが、この解除に先立つて、組合は地労委の労働側委員の示唆をうけ、解除予定である旨の意思を告げており、この意思は使用側委員やその他の委員により会社側に告げられ、会社側に対するロックアウト解除要請がなされていたことは容易に推定し得るところであつた。このように、組合が調停開始によりストライキを解除したからには、被告会社においては一六日早朝をもつて直ちにロックアウトを解除すべきであつたものである。

4  被告会社は団体交渉において、手続上交渉人員の不当な制限や交渉時間を一時間とするなど一方的に労働協約に反した行為に出ると共に、団交の内容もまた不誠実であつたものであり、本件ロックアウトにいたつては、それが法的に要求される防禦的権利をはるかに超えて、基本的労働権としてのストライキ権に対する真正面からの侵害行為であつて、かかる不当なロックアウトにより、就労の意思をもつて具体的に労務提供をなした原告らに対して、相当の賃金債務は当然に履行されなければならないものである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1ないし6の事実(当事者、昭和五六年春闘の経緯、本件ロックアウトの実施等)及び被告会社が原告らの五月一六日、一八日、一九日分賃金をカットしたことは、組合の闘争が整然と実施されたとの点を除き、当事者間に争いがない。

二右当事者間に争いない事実に、〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  被告会社は、ステンレス製管継手、家庭用品等の金属加工品の製造、販売等を業とする株式会社であり、肩書地に本店及び本社工場を置き、現在本店以外の営業所として、東京に支店を、大阪、九州、広島、仙台に営業所を、金沢、札幌に出張所を置いている。昭和六〇年一一月末現在の会社従業員数は計二四六名である。

原告らは、昭和五六年五月当時、被告会社に勤務する従業員であつて、三重ホーロー労働組合(当時の執行委員長蒔田良樹、組合員数二八一名)の組合員であつたものである。

2  昭和五六年春闘及び本件ロックアウトの経緯

(一)  組合は、昭和五六年三月二〇日被告会社に対して、「賃上げ及び諸要求に関する要求書」を提出し、次のごとき要求をして春闘に入つた。

(イ) 賃上げ額 組合員平均二万円

(ロ) 時間外割増 同割増を三〇パーセントに引上げる。

休日労働割増 同割増を三〇パーセントに引上げる。

(ハ) 時間短縮 休日を現行八二日を八八日とする。休憩時間を現行午前五分間、午後五分間を午前一〇分間、午後一〇分間とする。

(ニ) 退職金増額 勤続三〇年(中卒)定年退職者で五〇〇万円支給する。

(ホ) その他

右組合要求に対し、被告会社は四月一一日団体交渉において組合に対し、「賃上げ額四〇〇〇円、その他の諸要求ゼロ」の回答をした。

(二)  組合と被告会社は四月一六日団体交渉をなし、組合は賃上げ額を最低八パーセント一万一二八〇円と譲歩して要求したが、被告会社は企業収益の低下、赤字の累積等を主張して前回の回答を変更しなかつたため、交渉は物別れとなつた。

その後、四月二二日にも団体交渉の機会がもたれたが、その際、被告会社は「交渉時間を一時間とする」「交渉委員は三名とする」旨主張し、組合は交渉委員を三名とすることに同意した。しかし、同日の団体交渉は、被告会社側において交渉内容については従前の回答のとおりである旨述べたため、数分で組合側が退席し、交渉は決裂した。

(三)  組合は、四月二二日の団交決裂によりストライキの実施を決議し、翌二三日被告会社に対し、「闘争宣言及びスト通告書」を提出して次のとおりの闘争を実施する旨通告した。

四月二三日から二六日まで

時間外労働拒否

四月二七日、二八日

四八時間ストライキ(第一波スト)

そして、組合は右のとおりストライキを実施し、右ストライキ中、被告会社は非組合員、外注作業員により一部の操業を行つた。

なお、右ストライキに際して、被告会社は組合に対し、ストライキ期間中の保安要員として、(イ)電気関係―出口敏長(ロ)ボイラー関係―坂口英男(ハ)汚水処理関係―川瀬淳夫の三名の就労を求めたが、組合は右出口、坂口の両名を就労させたのみであつた。そのため被告会社は非組合員(管理職員)を保安要員に充てて工場の保安業務を遂行した。以後のストライキに際しても同様であり、保安業務については支障はなく、格別の問題を生じなかつた。

(四)  組合は、四月二八日、同日以降の闘争を次のとおり決定して被告会社に通告した。

四月二九日から五月六日まで

時間外労働拒否

五月七日から九日まで

七二時間ストライキ(第二波スト)

さらに組合は、五月八日次の闘争を決定し、被告会社にその旨通告した。

五月一〇日 時間外労働拒否

五月一一日から一三日まで

七二時間ストライキ(第三波スト)

そして、組合は右通告のとおり各ストライキを実施したが、その間被告会社・組合間の交渉は何ら進展しないままであつた。なお、組合は右ストライキ中の五月九日より会社工場の正門前でピケを張り、そのため管理職員らが工場へ入るには、組合員による人垣の通路を通らねばならない状況であつた。

(五)  右ストライキ中の五月一一日朝、被告会社の小篠静太社長が出社に際して一人で工場の周りを歩いていたところ、数人の組合員が同社長を取り囲み、大声で「おい、土産を持つて来たか。」と迫るようなことがあり、続いて同社長が正門から入門しようとしたところ、組合員約一〇〇名位が正門前に座り込んでいて通路がなく、同社長は組合員一人一人の間を跨ぐようにしてようやく正門にたどり着くということがあつた。

さらに翌一二日午前七時四〇分ころ、小篠社長が正門前で車を降りて管理職員らと共に工場内に入ろうとし、約一〇〇名余りの組合員がピケを張つている中を通過しようとした際、周りにいた組合員が「ワアーツ」と右小篠社長を取り囲んで肘で突いたり体当たりしたりして押し倒し、さらにその場に昏倒した同社長を足蹴りする等の暴行を加え、その結果同社長に対し入院治療を要する頭部・右肩・腰部打撲、第七・八・九肋骨脇軟骨部解離等の傷害を与えた。そのため、小篠社長は救急車で病院へ運ばれ、同日より六月一一日まで名古屋市所在の木村病院に入院した。

なお、組合は、右小篠社長の負傷事件について、「同社長が勝手に転んだものである」として、以来一切陳謝することはなかつた。

(六)  組合は、五月一二日午前、次のごとき内容の「ストライキ日程通告書」を被告会社に提出した。

本社工場において、

五月一五日 午前九時〜一〇時、午前一一時〜午後零時、午後一時〜二時、午後三時五分〜四時五分の時限ストライキ

五月一六日 午前八時〜九時、午前一〇時〜一一時、午後二時〜三時、午後四時〜四時五〇分の時限ストライキ

五月一八日から二一日まで

九六時間ストライキ

また、営業所・出張所において、五月一四日、一五日、一七日

時間外労働拒否

五月一五日 午前一〇時〜午後一二時までの時限ストライキ

五月一六日 全日ストライキ

五月一八日から二一日まで

九六時間ストライキ

(七)  右通告を受けた被告会社は、五月一二日、同日朝の小篠社長に対する傷害事件に引き続いて通告された右ストライキに対応するため、一六日午前零時から(被告会社の労働協約一〇一条によれば、争議行為を行う場合には少なくとも三日前に予告しなければならない。)当分の間本社事務所及び工場を閉鎖してロックアウトを行う旨決め、同日午後五時三〇分ころこれを組合に通告した。

(八)  組合は、五月一五日、三重県地方労働委員会に対して、「執行部全員(一二名)と会社側役員(一〇名)との団体交渉」をもつことについての斡旋申請をなし、五月一六日午前八時三〇分ころ被告会社に対して、同日午前九時以降予定している時限ストライキのみを解除する旨通知した。同月一六日、地労委による斡旋が行われ、これは不調に終つたが、組合は同日午後六時過ぎころ被告会社に対して、「紳士的且つ平和的な早期解決」を求めるとして、同月一八日から二一日まで予定していた九六時間ストライキを中止する旨通知した。

(九)  さらに組合は、五月一八日地労委に対して、「(イ)昭和五六年度賃上げ及び諸要求について(ロ)企業閉鎖解除について」の斡旋申請をなし、これを知つた被告会社は、五月一九日午後零時三〇分ころ、同月一六日から実施していた本件ロックアウトを二〇日午前零時をもつて解除する旨組合に通知し、工場の閉鎖を解いた。

(一〇)  右五月二〇日以降、組合はストライキを実施することなく被告会社と団体交渉を重ね、その結果、

賃上げ額 平均四〇〇〇円

一  時 金 年間六〇万円(なお、プラスアルファについては年末交渉とする)

退職金その他は継続交渉、休日増については昭和五七年度から二日増とする

として、同年六月二〇日ころ一応の解決をみるに至つた。

3 被告会社は、その経営基盤が脆弱であつて、数年前に倒産の危機に見舞われたことがあり、昭和五六年当時も累積赤字を生じていた経営状態にあつたもので、仮にストライキが一か月も続けば被告会社の存続そのものに危険が生ずる虞れがあつたものである。

なお、五月一二日組合より通告されたごとき一時間ごとの時限ストライキが実施された場合には、被告会社のような焼炉を使用する製造業にあっては一日分の三分の一程度しか生産が上がらず、右のような時限ストライキは組合側よりも会社側により大きな犠牲を生じさせるものである。

以上の事実を認めることができ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

原告らは、五月一二日朝小篠社長が負傷したとすれば、それは組合員による暴行行為によるものではなく、同社長の自損行為又は管理者らの身体に当つたことによる偶発的事故である旨主張し、〈証拠〉にはこれに副う供述部分が存在する。

しかしながら、〈証拠〉は具体的かつ詳細であつて、しかも不自然なところがなく十分信用するに足りるものであり、また〈証拠〉によつて認められる小篠社長の負傷の部位・程度、〈証拠〉によつて認められる当時の状況に照らすと、前記小篠社長の負傷は組合員らによる暴行行為によるものであることが明らかであるといわざるを得ず、〈証拠〉は措信することができない。小篠社長に対する傷害事件につき、津地方検察庁によつて不起訴処分の決定がなされた事実は、右の認定を何ら左右するに足りるものではない(いうまでもなく不起訴処分は、各被疑者個人につき、犯罪の嫌疑の有無・程度が問題とされるものである)。従つて、原告らの右主張は認めることができない。

三ところで、使用者のロックアウトが正当な争議行為として是認されるか否かは、個々の具体的な労働争議における労使間の交渉態度、経過、組合側の争議行為の態様、それによつて使用者側が受ける打撃の程度等に関する具体的諸事情に照らし、衡平の見地から見て労働者側の争議行為に対する対抗防衛手段として相当と認められるかどうかによつてこれを決すべく、このような相当性を認めうる場合には、使用者は正当な争議行為をしたものとして、右ロックアウト期間中における対象労働者に対する賃金支払義務を免れるものと解される。

右の見地に立つて本件ロックアウトの正当性を検討するに、前記認定事実により認められる諸事情、ことに組合は昭和五六年三月二〇日平均二万円の賃上げ等を内容とする要求を掲げて春闘に入り、これに対して被告会社は「賃上げ額四〇〇〇円、その他の諸要求ゼロ」の回答をして団体交渉を重ねたが妥結に至らず、組合は四月二三日、同月二七日からの第一波スト(四八時間ストライキ)を通告してこれを実施し、その後五月七日からの第二波スト(七二時間ストライキ)、五月一一日からの第三波スト(七二時間ストライキ)に入るに及んで、組合・被告会社間の対立が激しくなり、険悪となつていたところ、五月一二日朝工場正門前において、出勤してきた小篠社長に対してピケッティング中の多数の組合員が暴行行為を加え、その結果同社長に対し入院治療を要する重傷を負わせるという暴行傷害事件が発生し、さらに同日、組合は被告会社に対し、五月一五日からの断続的な時限ストライキを加えた九六時間ストライキ実施の通告をしたものであること、このような状況のもとで、被告会社は五月一二日、同月一六日から当分の間のロックアウトを決定し、これを組合に通告してその実施に入つたものであるが、組合側のストライキは回を重ねるごとにその期間が長くなり、しかも新たに断続的な時限ストライキを含めた争議行為を通告してきたものであり、このような争議行為によつて、被告会社の作業能率が著しく低下し、社内秩序、安全を含めた会社の正常な業務の遂行が阻害されて、このままで推移するときは被告会社の存亡にもかかわる重大な支障をきたす虞れが生じつつあり、組合と被告会社間の勢力の均衡が失われつつあつたこと等の諸事情に照らすと、衡平の見地から見て、被告会社による本件ロックアウトの実施は、労使間の勢力の均衡を回復するための対抗防衛手段として相当であつたと認められるものである。

原告らは、少なくとも五月一六日ストライキ解除の通知以降は被告会社のロックアウトは不当である旨主張する。しかし、前掲各証拠によれば、組合側のストライキはその解除通知直前まで実施中であつたものであり、しかもその再開可能性は未だ存続していたこと、同月一二日朝の小篠社長に対する暴行傷害事件について組合側に反省が全く見られず、これをめぐつて被告会社と組合間に新たな紛争が生じており、両者間の対立不信が激化している最中であつたこと、そして同月一八日に至り組合が地労委に対して正式にロックアウト解除についての斡旋申請をなしたものであることが認められ、これらの諸事情を考慮すると、被告会社が本件ロックアウトを同月一九日まで継続したことが相当性を欠く不当な措置であるということは困難であり、これが労働者側の争議行為に対する対抗防衛手段としてなお相当性を有していたものと認められる。

従つて、五月一六日、一八日、一九日の三日間にわたる本件ロックアウトは被告会社の正当な争議行為として是認し得るものであるから、被告は右ロックアウト期間中における原告らに対する賃金支払義務を免れるものである。

よつて、右期間中における賃金の支払を求める原告らの請求は理由がない。

四以上の次第で、原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官窪田季夫)

別紙

原告別請求金額目録〈省略〉

原告目録〈省略〉

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